「売上成長のために新規事業を立上げたいと思っているんだが、任せられる人材がいなくて。営業や技術の部長はそれぞれの領域では頼りになるけど、事業全体を見渡せるかというと…」——九州エリアで製造業を営む50代の社長(売上30億・従業員60名)が、こう漏らされました。部長クラスは営業・技術・管理と一通り揃っていて、それぞれの持ち場では確かな成果を出している。ところが経営的な視点で事業全体の計画を作ってもらおうとすると前に進まない。——中堅企業の経営者から、ご相談をいただく内容のひとつです。長年の支援経験からお伝えしたいのは、経営人材は自然には育たない。営業や技術で成果を出した人材を昇格させるだけでは、事業を任せられる人材にはならないという構造的な事実です。
今日は、優秀な管理職がそのままでは経営人材に育たない構造を解きほぐした上で、経営人材の条件である 「戦略(どこで戦うか)×数値(どう儲けるか)×実行(どう実現するか)」の統合力 と、その習得を加速させる道具としての生成AI活用——市場分析・競合整理・事業計画の構造化を思考支援に使う実践的な育成方法を、製造業の支援事例とともにお伝えします。
「優秀な部長」と「事業を任せられる人材」の間にある断層
この課題は、成長している中小企業ほど強く表れます。会社が伸びた分だけ意思決定の量は増えているのに、判断できる人が増えていない。結果として、経営者ひとりに意思決定が集中し、そこがボトルネックになります。
ここで見落とされがちなのは、部長職と経営職では、求められる思考の型がまったく違うという点です。部長の仕事は、与えられた領域で成果を最大化することです。営業なら売上、技術なら品質と納期。評価される軸がはっきりしていて、その軸で優秀だった人が昇格していきます。
一方、経営の仕事は、どの領域に資源を投じ、どこから撤退するかを決めることです。軸そのものを決める仕事であり、部門最適の延長線上には存在しません。ここが断層の正体です。優秀な部長が事業計画を作れないのは、能力の問題ではなく、その訓練を一度も受けていないからです。
この課題は、事業承継の観点からも待ったなしになりつつあります。帝国データバンクの調査では、2025年の社長就任経緯は内部昇格が36.1%となり、同族承継の32.3%を上回りました。社内から経営を担う人が出てくることが前提の時代に入っているということです。
なぜ研修を受けさせても経営人材が育たないのか
「幹部研修には毎年行かせているんです」という会社は少なくありません。それでも経営人材が育たないのは、多くの研修が 知識の習得 で完結しているからです。
財務三表の読み方を学ぶ。マーケティングのフレームワークを覚える。リーダーシップ論を聞く。どれも無駄ではありませんが、これらは経営判断の 部品 にすぎません。部品を知っていることと、部品を組み合わせて自社の意思決定を導き出せることの間には、大きな距離があります。
もうひとつの理由は、訓練の場が社内に存在しないことです。事業計画を自分の責任で立て、数字の裏づけを取り、実行の段取りまで描く。この一連の作業をやり切った経験がなければ、いつまでも「上がってきた案を評価する側」から抜け出せません。経営人材は、経営に近い仕事をした経験からしか育たないのです。
- ❌ 外部研修に送るが、学んだ内容を自社の課題に適用する場がない
- ❌ 事業計画の作成を指示するが、フォーマットを埋める作業になっている
- ❌ 市場分析や競合整理に工数がかかりすぎ、本業の合間では着手できない
- ❌ 数値計画を経理任せにしてしまい、戦略と数字がつながらない
- ❌ 経営者が結局すべてを修正するため、当事者意識が育たない
経営人材の条件は「戦略×数値×実行」の統合力
では、何を身につければ事業を任せられる人材になるのか。私は3つの要素の統合だと考えています。
経営人材に必要な3つの力
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戦略:どこで戦うかを決める力
市場をどう捉え、どの顧客に、どんな価値を届けるのか。競合とどこで差をつけるのか。やらないことを決めるのも、この力の一部です。 -
数値:どう儲けるかを設計する力
売上構造、原価構造、投資回収の見通し。戦略が正しくても、数字で成立しなければ事業にはなりません。数字を「読む」ではなく「組み立てる」力です。 -
実行:どう実現するかを描く力
誰が、いつまでに、何をやるのか。必要な人員と設備、想定される障害と対処。実行計画に落ちない事業計画は、絵に描いた餅で終わります。
重要なのは、この3つを 別々に学んでも意味がない ということです。戦略を変えれば数値が変わり、数値の制約が実行の順番を変え、実行の現実性が戦略を修正させる。この行き来を何度も体験することでしか、統合力は身につきません。
生成AIは業務効率化ツールではなく「思考支援ツール」
ここで生成AIの話に入ります。帝国データバンクの調査によると、生成AIを業務で活用している企業は34.5%。大企業では46.5%に達する一方、中小企業は32.4%、小規模企業は28.0%と差が開いています。活用している企業の86.7%が業務への効果を実感しているという結果も出ています。
ただ、活用の中身を見ると、最も多いのは「文章の作成・要約・校正」で、次いで情報収集、企画立案時のアイデア出しと続きます。多くの会社で、生成AIは事務作業を速くする道具として使われているのが実態です。もちろんそれ自体は正しい使い方ですが、経営人材の育成という観点では、まったく別の使い道があります。
私が提案しているのは、生成AIを 思考支援ツール として使うことです。市場情報の整理、競合の比較分析、ビジネスモデルの構造化。これまで部長クラスが着手できなかった「重いが本質的な作業」を、短時間でたたき台まで持っていける。着手のハードルが下がった結果、はじめて考えることそのものに時間を使えるようになるのです。
私が生成AIを育成に使う最大の理由は、効率化ではなく 「問いの質が鍛えられる」 からです。生成AIから使える整理を引き出すには、「どの市場の、何を、どんな観点で整理したいのか」を自分の言葉で指示しなければなりません。この指示づくりの過程こそ、戦略思考の訓練そのものなんです。
曖昧な指示からは曖昧な整理しか返ってきません。部長たちは生成AIとやり取りを重ねるうちに、「自分は何を明らかにしたいのか」を言語化する癖がつきます。道具を使いこなす過程が、そのまま経営思考のトレーニングになる。これが座学研修との決定的な違いです。
事業計画策定を通じて育てる——プログラムの組み立て方
育成の器として効果が高いのは、実在のテーマで事業計画を作らせることです。架空の題材では当事者意識が生まれません。自社が本当に取り組もうとしている新規商品・新規顧客開拓をテーマに据えます。
育成プログラムの4ステップ
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ステップ1:テーマを経営が設定する
「新規顧客の開拓」「既存技術の別用途展開」など、経営として本当に検討したい論点を渡します。参加者は部長クラス数名。1人ではなく複数名で走らせるのが要点です。 -
ステップ2:生成AIで市場・競合の材料を集め、構造化する
市場規模、顧客の課題、競合の動き、想定されるビジネスモデルの型。AIに整理させたうえで、自社の実感と突き合わせて取捨選択します。ここで一次情報の裏取りも行います。 -
ステップ3:数値計画に落とす
売上の積み上げ方、原価の構造、必要投資と回収期間。ここは経理任せにせず、本人に組ませます。数字が動くと戦略も変わる、という体験が大きな学びになります。 -
ステップ4:経営に対して提案し、意思決定を仰ぐ
最後は必ず、経営が本気で判断する場を作ります。「研修だから」と甘い評価をしないこと。ここで初めて、参加者は経営の目線を体感します。
- ✅ 実在のテーマを使う(架空の題材にしない)
- ✅ 参加者を複数名にして議論が起きる状態を作る
- ✅ 経営者が途中で答えを言わない(修正したくなるのを我慢する)
- ✅ 数値計画は本人に組ませる(経理に丸投げさせない)
- ✅ 最終提案を本気で審査し、採否を明確に伝える
事例:部長5名が、意思決定に使える事業計画案までたどり着く
製造業A社の事例です。既存事業の売上が減少するなかで、経営としては新規商品・新規顧客の開発が必要だと認識していました。しかし、営業・技術に強い部長はいるものの、新規事業の検討がまったく進まない状態が続いていました。
原因を確認すると、各部長はいずれも 専門領域の経験が中心で、市場分析・ビジネスモデル設計・事業計画策定の経験がない ことがボトルネックになっていました。加えて、ゼロから検討するには工数も難易度も高く、日常業務を抱えた状態では着手すらできない状況でした。
そこで、生成AIを活用することで、市場情報の整理、競合分析、ビジネスモデルの構造化を短時間で実施できる状態を作りました。そのうえで、部長5名に対して生成AIを活用した事業計画策定研修を実施し、実際のテーマをもとに検討を進めていきました。
結果として、戦略・数値・実行を統合した中身の濃い事業計画案 を取りまとめることができ、経営として意思決定に活用できるレベルのアウトプットに到達しています。研修の成果物が、そのまま経営会議の議題になったということです。
- ✅ 着手できない原因を「意欲」ではなく「工数と経験の不足」と特定した
- ✅ 生成AIで市場分析・競合整理・戦略の構造化などの作業負荷を下げた
- ✅ 実テーマで進め、経営が判断できる水準の成果物までやり切らせた
A社の設計で私が最もこだわったのは、「研修で終わらせず、実際の意思決定につなげる」 ことです。作った計画が経営会議で本気で審議される——この緊張感があるから、部長たちは他人事の演習ではなく自分の意思決定として計画を磨きます。
リーダー育成とは、知識を教えることではなく 意思決定できる構造を持たせること。訓練の場と、道具と、本気の審議。この3点セットが揃えば、80名規模の会社でも経営人材は社内で育てられます。実際のテーマを使うので、育成投資がそのまま新規事業の検討成果にもなる。一石二鳥の構造です。
AIを使わせる前に、経営が決めておくべき線引き
生成AIを社内で本格的に使わせるなら、ルールを先に決めておく必要があります。先ほどの調査でも、活用企業が挙げる懸念の第1位は 情報の正確性(50.4%) でした。専門人材・ノウハウ不足、活用すべき業務範囲、情報漏洩リスクがこれに続きます。
特に事業計画づくりでは、AIが出した市場規模や競合情報をそのまま資料に載せてしまう事故が起きがちです。数字と固有名詞は必ず一次情報で裏を取る——このルールだけは、最初に徹底してください。
- ⚠️ 入力してよい情報の範囲(顧客情報・図面・原価データなどの取り扱い)
- ⚠️ 利用するサービスと、学習に使われない設定になっているかの確認
- ⚠️ 出力の検証ルール(数字・固有名詞・法令は一次情報で裏取り)
- ⚠️ 生成物を社外に出す場合の確認手順(著作権・権利関係)
- ⚠️ 判断の責任は人にあるという原則の明文化
取引先の機密情報や個人情報を扱う場面が想定される場合は、社内規程の整備にあたって弁護士に確認しておくと安心です。
まず今月、着手してほしい3つのこと
育成は時間のかかるテーマですが、最初の一歩は小さくて構いません。
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「事業を任せたい候補者」を3名、名前で挙げる
漠然と「幹部を育てたい」では動きません。誰に何を任せたいのかを具体化すると、必要な訓練の中身が見えてきます。 -
経営として本当に検討したいテーマをひとつ選ぶ
新規顧客の開拓でも、既存技術の別用途展開でも構いません。育成のためのテーマではなく、経営課題そのものを渡すのが要点です。 -
生成AIの利用ルールをA4一枚にまとめる
入力してよい情報、裏取りの義務、責任の所在。完璧な規程でなくてかまいません。ルールがあれば、安心して使わせられます。
経営人材の育成は、成果が出るまでに時間がかかります。だからこそ、先延ばしにした分だけ、意思決定が経営者に集中する期間が延びていきます。「任せられる人がいない」状態は、待っていても解消しません。育てる構造を作った会社から順に、抜け出していくだけです。
本業だけで発展していくことが難しい時代の次の一手を、経営者研修やリーダー育成を通じて共に作り上げる——これが私の仕事です。事業を任せられる人材が育ち、経営者が次の一手を考えることに時間を使える会社へ。その最初の一歩を、今月踏み出しましょう。
次の経営を担う人材を、実テーマで育てませんか
候補者の見極めから、事業計画策定を通じた育成プログラムの設計、生成AIの実務活用と社内ルールづくりまで。
戦略・DXの専門家がチームで御社の状況に合わせて伴走します。初回相談は45分無料です。
参考データ・出典
本記事で引用した主要データの一次ソースです。最新の数字は各リンク先でご確認いただけます。
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帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」
生成AIを業務で活用している企業は34.5%(大企業46.5%・中小企業32.4%・小規模企業28.0%)。活用企業の86.7%が業務への効果を実感。懸念の第1位は情報の正確性50.4% -
帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」
社長就任経緯は内部昇格36.1%が同族承継32.3%を上回る(2025年速報値)。後継者不在率は50.1%
支援の現場でよく見るのが、「優秀な営業部長を後継候補に据えたが、経営会議での発言が営業の話に偏っている」というケースです。これは本人の限界ではなく、会社がその人に「営業の意思決定」しか経験させてこなかった結果 です。人は経験した範囲でしか判断できません。
だから私は経営者の方に、「育っていない」ではなく 「育てる構造を社内に作ってこなかった」 と捉え直すことをお勧めしています。原因を構造に置き換えた瞬間、打ち手が見えてきます。構造は、設計すれば変えられるからです。