「親から会社を引き継ぐことになりました。自社株の評価が高くて、相続税が払えるか不安なんです」——福岡県で製造業を営む50代の二代目候補(売上15億・従業員70名)からのご相談です。近い将来の株式承継を見据えての準備フェーズで、中小企業の事業承継では繰り返し聞かれる声です。自社株の評価額が大きい会社ほど相続税の納税資金が足りなくなる確率が高いのに、ほとんどの社長さんは試算したことがない——ここが事業承継で見落とされやすい落とし穴です。
準備なしで相続が発生すると、最悪の場合、納税資金捻出のために 会社の株式や事業用資産を売却せざるを得なくなり、後継者への株式集中もできず経営権が分散する事態に陥ります。今日は、こうした最悪のシナリオを防ぐ「納税資金確保」と「争族予防」を、資産戦略と法務の両面からお伝えします。
事業承継の最大の落とし穴:相続税の納税資金不足
事業承継の準備をしている経営者の方とお話しすると、最初の話題は「後継者をどうするか」「経営をどう引き継ぐか」というオペレーション面が多いです。それも大事なんですが、私の経験上、多くの会社が見落としているのが「お金の出口」、つまり相続税の納税資金です。
中小企業の自社株は、業績が良い会社ほど評価額が大きくなります。類似業種比準方式や純資産価額方式で計算した結果、「思っていたより5倍高かった」「10倍だった」というケースは珍しくありません。そして相続税の最高税率は55%。仮に自社株評価が10億円の会社であれば、相続税だけで数億円が現金で必要になる、ということが現実に起きます。
問題はここからで、自社株という資産は 現金化が極めて難しい という性質を持ちます。市場で売れるわけでもなく、買い手は限られる。納税期限(相続発生から10ヶ月以内)までに数億円の現金を用意できない場合、会社の株式や事業用資産を売却するか、後継者が個人で借入を起こすか——いずれにせよ、会社の経営基盤を毀損する選択肢しか残されません。
- ❌ 納税資金捻出のために会社の事業用資産を売却 → 経営継続が困難に
- ❌ 後継者個人が高額借入 → 個人保証で次世代の経営判断が制約される
- ❌ 自社株が複数の相続人に分散 → 株主総会で議決権の過半が確保できず経営権が宙に浮く
- ❌ 遺産分割で揉めて納税期限が来てしまう → 延滞税・無申告加算税が上乗せ
自社株の評価額と相続税額は、まず試算するところから
事業承継対策の最初のステップは、ものすごく地味なんですが、「自社株評価額と相続税額の試算」です。これをしないまま「保険でなんとかしましょう」「事業承継税制を使いましょう」と次の手に飛ぶのは、ゴールが見えないまま走り出すのと同じです。
自社株の評価は、主に類似業種比準方式と純資産価額方式の組み合わせで計算します。会社の業種・規模・直近の業績・含み益のある資産(土地・有価証券など)の有無で結果が大きく変わるので、税理士に依頼して正式な試算を出してもらうのが基本です。一度試算しておけば、それを起点に「毎年の決算でどう動くか」も予測できるようになります。
試算結果を見たら、次に「現預金(会社・個人)」「すぐ売却できる資産」「保険・退職金で確保できる予定の現金」と並べて、納税資金がいくら足りないかを可視化します。この差分が、これからの対策で埋めていくべき金額です。
試算は、できれば顧問税理士さんに依頼するのが正攻法です。ただ、税理士さんによっては「相続対策まではノータッチ」というスタンスの方もいらっしゃいます。その場合は、相続税・事業承継を専門にする税理士か、私たちのような資産戦略の専門家に セカンドオピニオン的に依頼 していただくのも一つの方法です。
試算は「今この瞬間の数字」を出す作業ですが、本当の価値は 「数字を見たあと、何ができるか」を一緒に設計する ところにあります。試算だけで終わらせず、必ず対策設計まで一気通貫で進めてください。
- ✅ 自社株の評価額(類似業種比準方式 × 純資産価額方式)
- ✅ 想定相続税額(自社株 + その他相続財産 の総額に対する累進課税)
- ✅ 現預金(会社・個人)の残高
- ✅ 既加入の生命保険の死亡保険金(受取人・課税区分含む)
- ✅ 退職金規程・役員退職慰労金の予定額
- ✅ 自社株以外の相続財産(不動産・有価証券・現預金)の一覧
一時払生命保険のレバレッジ効果で納税資金を確保する
納税資金確保の手段はいくつかありますが、中小企業オーナーにとって 使い勝手が良いのが「一時払終身保険」です。これは保険料を契約時に一括で払い込み、被保険者が亡くなった時に死亡保険金が支払われる商品で、相続税の納税資金確保に直結します。
一時払終身保険のメリットは大きく4つあります。1つ目は、契約成立後すぐに死亡保険金額が確定するので、納税資金の見通しが立つこと。2つ目は、払込保険料の 数倍のレバレッジ(保険商品によります)が効くケースがあり、自己資金を有効活用できること。3つ目は、死亡保険金の非課税枠(500万円×法定相続人数)が使えること。4つ目は、健康告知が不要な無選択型の一時払終身保険商品もあり(加入年齢・保険金額に上限がある場合が一般的)、健康面に不安がある経営者でも加入できる選択肢があることです。
死亡保険金の非課税枠(相続税法12条1項5号)
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非課税枠 = 500万円 × 法定相続人の数
法定相続人が3人(配偶者+子2人など)なら、1,500万円までが相続税の非課税となる。この枠を使い切るだけでも、相当な節税効果がある。 -
受取人を明確に指定 = 受取人固有の財産になる
死亡保険金は受取人固有の財産として扱われ、遺産分割協議の対象外。つまり、納税資金を確実に「払いたい人」に渡せる。これが現預金や不動産にはない、保険ならではの強み。 -
レバレッジ効果で自己資金を有効活用
年齢・健康状態・商品設計次第で、払込保険料の数倍の死亡保険金が確保できるケースがある。1,000万円の払込で3,000万円〜5,000万円の保険金、というような設計が現実に組める。
一時払終身保険の最大の利点は 「レバレッジ」です。契約成立後、すぐに相続税納税資金が確保可能で、自己資金の数倍の保険金を準備できる。これは現預金で同額を貯めるよりも、はるかに効率が良い対策です。
さらに、健康告知が不要な無選択型の商品もあり(加入年齢・保険金額に上限はあります)、健康面に不安がある経営者の方でも加入できる選択肢があります。「年齢的にもう保険は無理だろう」と諦めていた社長さんが、実は加入できて納税資金を確保できた、というケースを何度も見てきました。争族対策はお早めに、というのは、まさにこの「加入できるうちに動く」という意味です。
- ✅ 自社株評価が高く、相続税の納税資金が数千万円〜数億円必要
- ✅ 60代後半〜80代でも加入できる商品を探している
- ✅ 健康告知が不要な商品を希望している
- ✅ 死亡保険金の受取人を「納税義務者である後継者」に指定したい
- ✅ 自己資金(現預金)に余裕があり、レバレッジで税対策を効率化したい
もちろん、納税資金確保の手段は一時払終身保険だけではありません。事業承継税制(特例措置)による自社株の相続税・贈与税の納税猶予、暦年贈与や相続時精算課税制度を使った計画的な生前贈与、役員退職慰労金規程の整備、持株会社や資産管理会社の設立など、節税設計の引き出しは多数あります。重要なのは、これらを 「節税」だけで判断せず、「納税資金確保」「争族予防」「経営継続」の3軸で総合設計 することです。一時払終身保険は、3軸すべてにバランスよく効くため、節税設計全体の起点として選ばれることが多い、というのが私の現場感覚です。
遺言書・株主間契約で「争族」とデッドロックを防ぐ
納税資金の手当てができたら、次は「争族」予防です。ここから先は石川弁護士に主導していただきます。中小企業の事業承継で 納税資金確保と同じくらい深刻なのが、相続人間の遺産分割と、株式の議決権分散 という話です。
中小企業オーナーの皆さんに、特にお伝えしておきたいのが 「株式の相続」がもたらすデッドロックリスクです。中小企業のオーナー株式は、オーナー単独保有、またはオーナーとその親族の共同保有になっていることが多いんです。
そのオーナーに相続が発生すると、株式が法定相続分どおりに自動分割される結果、例えば 後継者である長男と、他の兄弟との間で議決権が50対50になってしまう ケースがあります。こうなると、株主総会で必要な決議(取締役選任・重要な意思決定)が通らなくなる。これが「デッドロック」と呼ばれる状態で、会社経営が機能不全に陥ります(特別決議ができなくなる場合も同様です。)。
これを防ぐためには 遺言書の作成が決定的に重要 です。「自社株は後継者である長男に集中して相続させる」と遺言書で明示しておくだけで、デッドロックのリスクは大きく下げられます。
事業承継で整備しておきたい3つの法的書類
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遺言書(公正証書遺言が望ましい)
自社株を後継者に集中させる旨を明示。同時に、他の相続人には「代償分割」として現金・不動産・生命保険金を配分し、遺留分にも配慮する。公正証書遺言なら、相続開始後の検認手続きが不要で、すぐに執行できる。 -
株主間契約(オーナー一族で株式を共同保有している場合)
株式の譲渡制限・先買権・議決権行使ルールを契約で定めておく。相続発生時に株式が想定外の相続人に渡るのを防ぎ、経営の連続性を担保する。 -
事業承継計画書(経営承継円滑化法に基づく特例承継計画)
事業承継税制(自社株の相続税・贈与税の納税猶予)を活用するなら、特例承継計画の都道府県知事への提出が前提。2024年度改正で特例承継計画の提出期限が令和9年9月30日まで延長され、活用しやすい環境が継続しています。要件は随時見直されているため、最新の運用は必ず顧問税理士・弁護士に確認すること。
遺言書がない場合、相続発生から遺産分割協議がまとまるまで、自社株は 「相続人全員の準共有」 という状態になります。この状態で株主総会が開かれると、準共有株主の議決権行使には全員の同意が必要になり、会社の意思決定が止まる場合があります。これが 「遺産分割未了による経営麻痺」です。
さらに、遺産分割協議で揉めると、相続税の納税期限(相続発生から10ヶ月)を超えても合意できないことがあります。この場合、相続税の各種特例(配偶者控除・小規模宅地等の特例など)が使えなくなり、税負担が大きく増えるケースもあります。遺言書は 「税負担を軽減する」効果と「経営麻痺を防ぐ」効果の二重 の意味を持っているんです。
事例:相続財産総額15億・納税資金3億不足を生命保険で解決
支援先の事例を一つご紹介します。福岡県の製造業(売上15億・従業員70名)で、二代目への株式承継を控えていたケースです。お父様(現社長)の年齢は68歳、健康面に大きな問題はないものの、いつ何があってもおかしくない年代に差し掛かっていました。
顧問税理士に自社株評価をお願いした結果、自社株評価額は約12億円。これにご自宅・現預金・有価証券を加えた相続財産総額は約15億円、相続税の概算は約4億円という試算が出ました。一方、後継者である息子さんが用意できる手元資金は約1億円。3億円の納税資金が不足している状態です。
そこで実施したのが、お父様を被保険者とした一時払終身保険の活用でした。健康告知が不要なタイプの商品で、約3億円を一時払いし、死亡保険金として約3.5億円を確保。倍率としては1.17倍程度ですが、ポイントは「現預金3億円が相続発生時に確実に納税資金として後継者に渡る」こと。死亡保険金の非課税枠(500万円×法定相続人数)を使い切りつつ、受取人指定で遺産分割協議の対象外として後継者に直接届く仕組みです。同時に、公正証書遺言で「自社株は後継者に集中相続させる」「他の兄弟には現預金と有価証券で代償分割する」と明示しました。
結果、納税資金の見通しが立ち、株式の議決権分散リスクも回避。お父様ご本人が 「いつ何があっても会社は守れる」 と安心して経営を続けられるようになり、ご家族全体の関係性も穏やかになりました。
- ✅ 顧問税理士による自社株評価+相続税試算(事業承継対策の起点)
- ✅ 一時払終身保険で納税資金3.5億円を確保(払込3億円・非課税枠と受取人指定の活用)
この事例で大事なのは、「資産戦略(保険)」と「法務(遺言書)」を同時に動かした ことです。どちらか片方だけでは、納税資金は確保できても株式の分散リスクが残る、あるいはその逆という不完全な状態になります。事業承継対策は、必ず複数の専門家がチームで動くべきテーマです。
ちなみに、特例承継計画の提出期限延長など、事業承継税制の活用環境は継続的に見直されています。最新の要件は顧問税理士・弁護士に確認のうえ、生命保険を活用した相続・納税対策との組み合わせを設計するのが現実的な進め方です。
事業承継の伴走パートナーをどう選ぶか
ここまでお話ししてきた内容を実装するには、税理士・弁護士・保険・財務の専門家が 連携して動く 必要があります。「税理士だけ」「保険会社の営業担当だけ」では、どうしても部分最適に陥ってしまうのが現実です。
中小企業の経営者にとって、複数の専門家を個別に探して、自分でハブになって連携をマネジメントするのは、それ自体が大きな負担です。だからこそ、最近広がっているのが 「専門家チームのワンストップ伴走」という選択肢です。資産戦略・法務・税務・財務の各専門家がチームで関わり、社長は窓口1本で意思決定だけに集中できる、という形です。
私自身、事業承継のご相談を受けるときは、必ず資産戦略の専門家・税理士等と 同時に動く 体制を組みます。法務だけで相続対策はできないし、保険だけでも遺産分割の問題は解決できない。社長おひとりがハブになる負担を減らすために、私たちのような複数領域の専門家が 「外部の事業承継室」 として機能するのが、いちばん実装が早いんです。
まず今週、試してほしい3つのこと
「全部を一気に整えるのは大変そう」と感じた方も大丈夫です。事業承継対策は5〜10年かけて段階的に進めるのが理想とされており、最初の一歩は今週のうちに踏み出せます。
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顧問税理士に「自社株評価と相続税の概算試算」を依頼する
まずは数字を出すところから。試算結果が「思っていたより問題ない」なら安心ですし、「足りない」とわかれば対策の起点が見えます。これだけは平時の今しかできません。 -
既加入の生命保険を一覧化する
契約者・被保険者・受取人・死亡保険金額・保険料を表にまとめる。意外と「契約のままになっていて見直していない」契約が眠っていることが多いです。一覧化することで、追加加入すべきか・組み替えるべきかが判断できます。 -
「もし今、相続が発生したら」を家族会議で1回だけ話してみる
重い話題ですが、議題が決まっていれば30分で済みます。「自社株は誰に渡したいか」「兄弟への配分はどう考えているか」「遺言書を作る意向はあるか」。お父様の元気なうちに話せれば、争族リスクが大きく下がります。
事業承継対策は「重い話題」と思われがちですが、実は 準備しておけばこんなに安心できることはない というテーマです。「会社を潰さない」「家族で揉めない」「税金で苦しまない」——この3つが揃った状態を、今のうちに作っておきましょう。
現状を整理して、生み出せるお金を発掘し、それを成長投資へつなげていく。これが私の仕事です。事業承継対策は、まさに 「守りながら攻める」 財務戦略の代表例だと考えています。
事業承継対策の第一歩、一緒に始めませんか
自社株評価と相続税試算、一時払終身保険による納税資金確保、遺言書・株主間契約による争族予防まで。
資産戦略と法務の専門家がチームで御社の状況に合わせて伴走します。初回相談は45分無料です。
参考データ・出典
本記事で引用した主要データの一次ソースです。最新の数字は各リンク先でご確認いただけます。
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相続税法 第16条(相続税の税率)/第12条第1項第5号(死亡保険金の非課税枠)
相続税の累進税率(10%〜55%)。死亡保険金の非課税枠=500万円×法定相続人の数 -
国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」
相続税の申告・納税期限は相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内 -
国税庁「No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金」
死亡保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)の適用範囲と計算方法 -
中小企業庁「事業承継・引継ぎ支援」
事業承継税制(特例承継計画)の概要と、2025年改正の動向。特例措置の活用には事前の特例承継計画提出が必要 -
国税庁「相続税・贈与税の税制改正のあらまし」
相続税法・贈与税の毎年度の改正動向。事業承継税制を含む各種特例の最新ルール -
民法 第902条〜第1049条(遺言・遺留分・遺産分割)
遺言書の方式(公正証書遺言・自筆証書遺言)、遺留分の権利、遺産分割協議のルール
支援先で「相続税はいくらかかると思いますか」と社長さんに聞くと、ほとんどの方は具体的な数字を持っていません。「税理士さんに聞けばわかるかな」というレベルで止まっている。これは決して悪い意味ではなく、自社株評価と相続税試算は 「現役で経営している間は意識しないで済むテーマ」 なので、後回しにされるのが普通なんです。
でも、相続は予定通り起きるとは限らない。だからこそ、自社株評価と相続税試算は 「経営している間に、平時に、一度やっておく」 ことが何より重要です。試算してみて「思っていたより全然問題ない」とわかれば安心ですし、「予想以上に必要だ」とわかれば、平時の今のうちに対策が打てます。